皆さんは「原作愛」ってなんだと思いますか?
二次創作をする・読む人は基本的に原作が好きという気持ちがあることがほとんどで、その表現の仕方はただ二次創作をするだけではなく、それをどのように公開するかということにも関係していますよね。
その発露が見える一つの分岐点が、「検索避け」というものにあると私は思います。
二次創作界隈で幾度も学級会が起こる「検索避け」という文化。
私も二次創作というものを知りたてで夢小説サイトを持っていたときは見よう見まねで検索よけタグを全ページに施したり、パスワードを入れないと読めないページを作ったりしていました。
でも創作にまつわる自分自身の経験や昨今の二次創作を取り巻く情勢から考えが変わり、検索避けの必要性について懐疑的になりました。
この記事は「検索避けを全否定する」記事のつもりではありません。
ですが、そこにあるのは本当に「原作愛」なのか。検索避けは「配慮」として機能しているのか。
そこに関しては疑問があります。
これを読んだ方が一度立ち止まって考えられる記事になっていればと思います。
どうしてオタクは検索避けをしたいのか
今まで何度か検索避けについての考えを発信するブログを書いてきました。
こういう記事に対して、検索避けをするべきだという意見の方々からかなり否定的な意見をたくさんいただきました。
自分が目にした意見を見ていて、検索避けをするべきだと思う人達がどういう意図で検索避けをしているのかは大まかに以下に分類できました。
- 原作の権利者や二次創作を知らない・興味がない一般の人たちに配慮していることを示したい
- 権利者や一般の人たちに自分の二次創作を見られたくない
- 著作権侵害で訴えられたくない
- 検索避けをしないことを指摘する人に絡まれたくない
- 検索避けに使う絵文字やタグを使うことで見たい人に見つけてもらいやすくしたい
検索避け文化に否定的な私でもこれらの感情が存在するのは想像できますし理解できます。
でもこれら全てが100%「原作愛」や「他者への配慮」だと言い切れるでしょうか。
自分の安心や利便性を求める気持ちは少なからず含まれていると思います。
それって「自己愛」に近いものではないでしょうか。
検索避けに関する現状
検索避けでは目的を果たせない
現在Xで検索避けの手法として使われているものは、残念ながら「公式や一般の人から隠れる」という目的は果たすことができていないのが現状です。
キャラクター名を絵文字(検索→🔍)に置き換える手法は広く使われており、実際にキャラクター名で検索しても絵文字のみが含まれるポストは検索結果には出てきづらいですし、「絵文字にすることで二次創作を知らない人が一見した時にそれとわかりにくい」という状況は作れているかと思います。文字数を圧縮できるという点でもXでの二次創作にマッチしているのだと思います。
ですが「隠れる」という点においてだと少し話が変わります。
Xは現在「おすすめタブ」の表示を強く推進しており、閲覧や反応をしたポストに関連するものをアルゴリズムによって選定し、フォローに関係なく表示しています。
そこではキャラクター名での検索しかしたことがなくても、絵文字のみが含まれるポストも表示されます。そのため同じ絵文字でも他ジャンルのキャラの二次創作だった、なんて事故も度々起こります。
Xのメイン機能でこのアルゴリズムが働いている以上、キャラクター名を絵文字に差し替えることで公式や一般の人から隠れるという目的は達成できていないと言えるでしょう。
またキャラクター名や一般名詞を英字などで区切ること(検索→検ii索)は、現在のXの検索仕様では意味がなく、普通に検索に出てきます。
元ネタへの検索汚染
Fateや文豪ストレイドックス、刀剣乱舞など、史実に存在する人物や刀の名前をGoogle等で検索すると元ネタより先にキャラクターが出てくることは度々問題になっています。
またそれに伴ってキャラクターに紐付けられた二次創作のPixivのリンクやイラストも多く表示されます。
先述の検索避けの効果とも重複しますが、検索避けはここでも「一般の人から隠れる」という目的を果たせていないと言えるでしょう。
公式・権利者は二次創作の存在を認知している
具体的な例を挙げると、
・赤ブーの二次創作同人イベントで自誌のオンリーがあるところに出張編集部が出店している
・ジャンプ編集部がキャプテン翼連載時に同人誌即売会で頒布されていたキャプテン翼二次創作の成人向けBL描写にジャンプ誌上で苦言を呈した
・旧ジャニーズのSexyZoneのステージ衣装に二次創作界隈でSexyZoneのグループ名を表す漢字の伏せ字が刺繍されていた
などがあります。
この現状で検索避けに使用されている隠語や絵文字が公式や権利元には知られていない、とは言い難いです。
著作権侵害の法的な立ち位置
上記のことから現状は「公式・権利者は見て見ぬふりをしている」という論はかなり正しいと言えるでしょう。
ですが、それと「検索避けをしていれば訴えられない」という結論は結びつきません。
著作権の侵害を訴えられるのは権利者のみなので、何が理由で訴えられていないのかを読者やユーザーが知ることはできません。さらに訴えが起こされたとしても、裁判によって違法であるとされるかは裁判所の判断に委ねられます。
ディズニーがプールにキャラクターを描いた小学校を訴えたという話は二次創作界隈でも語種となっていますが、実際のところディズニー側が小学校にクレームを入れただけで訴訟には発展しておらず、訴訟をしたとしても小学校側は合法とされたのではないかという見方がされています。
以上のことから、現状検索避けによって「隠れる」という目標は達成できていないし、ましてや他者に検索避けを強制することに法的・倫理的に正当性はないと言っていいのではないでしょうか。
本当に「見つからない」ためには
大手出版社の多くは公式サイトで一切の「作品の二次利用(≒二次創作)」を禁じています。
権利者である出版社の公式発表に従うのであれば、本来の配慮というのは「見えてるにも関わらず隠れるポーズをする」ことではなく「二次創作をしない」ことになります。
また原作やキャラクター名でのキーワード検索に引っかからない、公式や一般の人の目に二次創作が完全に入らないようにするためには、現状インターネット上に二次創作をアップするのは適切ではありません。
検索避けの目的である「見つからない」ことを徹底するためには、同人誌の発行も無料での掲載も含め、「二次創作を公開しない」ことしか手段はないのです。
配慮と二次創作を両立する方法
本来の意図であった「公式への配慮」や「一般への配慮」を二次創作の公開と両立するための方法もあります。いくつかを例として挙げていきます。
二次創作ガイドラインを守る
「公式への配慮」を謳うのであれば、まずは公式のルールに則ることが筋でしょう。
ゲーム実況・配信の文化の台頭とともに、最近はコンシューマーゲームやソーシャルゲームだと公式二次創作ガイドラインが公開されていることが多くあります。
この背景には「ゲーム実況というコンテンツの創造性」と「ゲーム実況が現在のゲーム業界を盛り上げていること」と公式が認めていることが見られます。
漫画などの権利を持つ出版社は二次創作のガイドラインを出さず、公式サイトで一括に二次創作を禁止していることが多いです。しかしその一方でファンアート企画をしたり新人賞の公式アカウントが「二次創作の持ち込みも拝見することは可能」旨の発言をしていたり営利目的の企業が主催する二次創作同人誌即売会に出張編集部を出していたりと、表向きと実際が矛盾している点が見受けられます。
ここに関しては著作権の性質上「訴えられていないこと」がセーフラインの中にいる証左であるとして、どこにあるかわからないアウトラインを探るということが「配慮」に当たるとしか言えません。
二次創作であることを表記する
ネットにあげたものを「特定の属性の人にだけは見えないようにする」ということは実質不可能です。
それでも二次創作を公開することと一般の人に対する配慮を両立させるのであれば、「公式であると誤認させない」「見たくない人が避けられるようにする」という方向に舵を切るべきだと私は考えます。
その両方を叶えるのが「二次創作であることを表記すること」です。
「非公式」「二次創作」と画像やポストの文面に表記して作品を投稿するというのは刀剣乱舞の公式絵師が個人的に担当キャラクターのイラストをアップする際などにも行われており、それによって「これはゲームの本編のイラストではない」「公式の監修を受けたものではない」と受け取ることができます。
その他にも「BL」「百合」「カップリング」「夢創作」などの表記やタグ付けをすれば、見たくない人はミュートワードに入れたりマイナス検索を活用することによって検索避けよりも確実にその作品を避けることができますし、その属性の作品が見たい人が検索で辿りつきやすくなるというメリットもあります。
「何のための検索避けなのか」を考えてほしい
タイトルから「自己愛」という言葉を使いましたが、先にあげた「自分のための動機」で行動する「自己愛」は決して悪いものではなく、人間の行動に当然ついてくるものです。
公式や一般の人に見られたくない。権利侵害をしたくない。厄介ごとに巻き込まれたくない。
それらの気持ちを抱くのは全く悪いことではないと思います。
また、「公式とは違う自分の二次創作が不特定多数に広く見られるようにはしたくない」というのが「原作愛」であるという人もいると思います。それも否定されず、尊重されるべき思いです。
ただ、「それが公式や一般の人への配慮や愛情表現なのか」ということは一度振り返って考えてみる必要があると思います。
相手のメリットにならない配慮は、配慮ではなく「自己満足」ではないでしょうか。
長らく二次創作は法律のグレーゾーンの上、暗黙の了解で成り立ってきました。
ですが二次創作の市場の拡大によって営利目的の企業が二次創作で大きく利益を上げていることや、忌避される傾向にあった同性愛やフィクトセクシャルなどのセクシャリティを認め社会全体が多様性に向かっていることなどを踏まえ、二次創作周りの意識と制度のアップデートが必要だと感じています。
私は二次創作が好きです。書くのも見るのも好きです。そして私は、愛情表現として二次創作をしています。
だからこそ、二次創作が「愛情表現」として成り立つ方法を模索し、実現していくように努力したいと思っています。
あなたのその行動は誰のためのものですか?
あなたは、どんな愛を選びますか?
























































